こうでいの探訪記

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【風景】【鉄道】めがね橋(明智川拱橋)[三重県 いなべ市]

【風景】【鉄道】めがね橋(明智川拱橋)[三重県 いなべ市

《訪問年:2025年》

三重県 いなべ市にある鉄道橋梁です。

明智川を跨ぐ橋として1916年(大正5年)に架橋されました。

建設時は北勢鉄道でしたが、いくつかの事業者変更を経て現在は三岐鉄道北勢線として運行されています。

「めがね橋」と呼ばれていますが、正式名称は「明智川拱橋」と言います。

 

全長19.8mです。

全国に「めがね橋」は数多くありますが、多くは石造でコンクリートブロック製は大変珍しいそうです。

大正時代はコンクリート製構造物が急速に普及した時代なので、昔ながらの形を当時の先端で造ったのかなと思います。

 

三連アーチが美しく三岐鉄道線の撮影スポットとして知られています。

西桑名方にある「ねじり橋」とセットで、2009年(平成21年)に土木学会選奨土木遺産に選ばれました。

 

三岐鉄道北勢線ナローゲージ特殊狭軌)と呼ばれる軽便鉄道規格の路線です。

ナローゲージとは軌間幅が762mmの特殊狭軌で、JR在来線や関東私鉄で採用されている狭軌1067mmの7割程度、新幹線や関西私鉄で採用の標準軌1435mmの半分ほどしかありません。

日本には3社4路線しか残っていなく、そのうち2社3路線が三重県を走っています(ほか1路線は富山県黒部峡谷鉄道本線です)

名駅近くに「日本で唯一」3種類の軌間を跨ぐ踏切道があります。

 

 

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【風景】【鉄道】ねじり橋(六把野井水拱橋)[三重県 いなべ市]

【風景】【鉄道】ねじり橋(六把野井水拱橋)[三重県 いなべ市

《訪問年:2025年》

三重県 いなべ市にある鉄道橋梁です。

江戸時代に造られた疏水「六把野井水」を跨ぐ橋として1916年(大正5年)に架橋されました。

建設時は北勢鉄道でしたが、いくつかの事業者変更を経て現在は三岐鉄道北勢線として運行されています。

「ねじり橋」と呼ばれていますが、正式名称は「六把野井水拱橋(ろっぱのいすいきょうきょう)」と言います。

 

全長9.1mの小規模な橋ですが、「ねじりまんぽ」という名前の土木技術で架けられており、コンクリートブロック製ではこの橋しか現存していないとされています。

「ねじりまんぽ」とは用水路や道路と斜めに交差する際に、強度を増すため石材・レンガをひねりを入れながら組み上げる工法です。

日本では明治時代に導入され、近畿地方を中心に鉄道関連施設で多く採用されましたが、大正時代以降はコンクリート橋の普及により同工法での施工は無くなりました。

 

阿下喜(あげき)方にある「めがね橋」とセットで、2009年(平成21年)に土木学会選奨土木遺産に選ばれました。

 

コンクリート橋での建設が技術的に可能となった時代に、一つ一つずつ異なる形の型枠を用意してコンクリートブロックを作成し緻密に組み上げた橋です。

時間とコストの掛かるこの工法をなぜ採用したか理由は分かっていません。

ただ、建設から100年以上経ちましたが、構造に問題は無く現役で活躍しています。

 

三岐鉄道北勢線ナローゲージ特殊狭軌)と呼ばれる軽便鉄道規格の路線です。

ナローゲージとは軌間幅が762mmの特殊狭軌で、JR在来線や関東私鉄で採用されている狭軌1067mmの7割程度、新幹線や関西私鉄で採用の標準軌1435mmの半分ほどしかありません。

日本には3社4路線しか残っていなく、そのうち2社3路線が三重県を走っています(ほか1路線は富山県黒部峡谷鉄道本線です)

名駅近くに「日本で唯一」3種類の軌間を跨ぐ踏切道があります。

 

 

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【灯台】尻屋埼灯台『参観灯台』[青森県 東通村]

灯台】尻屋埼灯台『参観灯台』[青森県 東通村

《訪問年:2024年》

青森県 東通村 下北半島北東端にある灯台です。

北側が津軽海峡、東側が太平洋になる潮の変わり目にあります。

その為、昔より海流の影響を受け濃い霧がよく発生する難所として知られています。

日本初の霧鐘・霧笛の設置、光達距離を可変できる構造のレンズや2600万カンデラという破格の灯器を導入したりと「霧」に挑み続けた灯台です。

また、隕石が落ちてきたり、「まぼろし灯台」といった逸話や歴史が数多く残る灯台でもあります。

 

灯台の経歴や遠望、寒立馬は過去の記事を参照願います。

2006年(平成18年)に土木遺産に認定されています。

 

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【風景】 質志鍾乳洞[京都府 京丹波町]

【風景】 質志鍾乳洞[京都府 京丹波町

《訪問年:2015年》

京都府 京丹波町にある鍾乳洞です。

京都府で唯一の鍾乳洞です。質志は「しづし」と読みます。

 

1927年(昭和2年)に発見された総延長52.5m、高低差25.1mの縦穴洞窟です。

洞内は年中12~15℃程度で真夏でも半袖では肌寒いくらいです。

コウモリの生息箇所となっており、1~2月は冬眠期間という事で閉園となっています。

 

内部は縦穴なので、垂直な階段があったりと短い洞内ですがスリリングな鍾乳洞です。

サンダルでは危険なのでスニーカー等を持参する方が良いです。管理棟でレンタルもある様です。

 

周辺は公園として整備されていて、キャンプやバーベキューが出来る様になっています。

鍾乳洞は公園内に位置しているため入園料が要ります。

そのため入洞前に管理棟に立ち寄る必要があります。

 

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【風景】 鵜倉園地(見江島展望台・たちばな展望台)[三重県 南伊勢町]

【風景】 鵜倉園地(見江島展望台・たちばな展望台)[三重県 南伊勢町

《訪問年:2024年》

三重県 南伊勢町 鵜倉半島に整備された公園です。

伊勢志摩国立公園内にあり、南伊勢町志摩半島の南側 熊野灘に面したリアス式海岸が広がっています。

 

園内には4箇所の展望台が設置されていて、ハートの入り江で有名な「見江島展望台」と、展望台に天空のブランコが設置されている「たちばな展望台」が特に知られています。

 

「見江島展望台」

 展望台から鵜倉半島の先端のすぐ近くにある見江島が見えます。

 手前にある「かさらぎ池」を眺めるとハートの形に見えると有名で、カップルに人気の観光地となっています。

 2015年(平成27年)に「ハートの入り江」として恋人の聖に認定されました。

 「かさらぎ池」は実際は入り江になっており池ではありませんが、出口が狭く海水の出入りがほとんど無いため池と呼ばれているそうです。

 

「たちばな展望台」

 神前湾を望む展望台です。

 駐車場から最も離れた位置にあり、250m徒歩5分です。

 2018年(平成30年)に公開された恋愛映画のロケ地になったそうです。

 元はよくある展望台でしたが、2022年(令和4年)にブランコが設置されてから知名度が大きくアップしました。

 

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【寺社】相撲神社[奈良県 桜井市]

【寺社】相撲神社[奈良県 桜井市

《訪問年:2023年》

奈良県 桜井市にある神社です。

日本で初めて相撲の取組が行われたと伝わる場所である事から「相撲発祥の地」とされています。

穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)の摂社です。

 

祀られているのは野見宿禰(のみのすくね)という日本書記などに登場する豪族と、奈良県當麻町(現在 葛城市)に住んでいた当麻蹴速(たいまのけはや、たぎまのけはや)という人物です。

当麻蹴速が生死を問わず力比べをしたいと言っている事を聞いた垂仁天皇(第11代天皇)が出雲国から野見宿禰を呼び寄せ天覧試合を行った場所とされています。

野見宿禰当麻蹴速の腰を踏み折って勝利し、当麻蹴速が所有していた領地を与えられたとの事です。

与えられた領地は「腰折田」を呼ばれ、現在の香芝市にあったとされています。

その縁で桜井市・葛城市・香芝市の3市が協力して相撲に関するPRを行っています。

 

「相撲」は元は争う事などを意味する漢語であったようです。

「すもう」という呼び方は、古代の「すまひ」が変化したとされています。

また、漢字表記としては「角力」「捔力」が用いられていて、相撲の世界のことを「角界」というのはかつての漢字表記が由来となっています。

 

1962年(昭和37年)に相撲発祥の地として顕彰大祭が執り行われ、当時の横綱をはじめ幕内全力士が参列し10万人の観客が詰めかける盛大な祭りだったそうです。

その後は参拝者が減少し荒れた時期もあった様ですが、現在は碑や像を建てられたりしており一定の観光地として認識されています。

日本最古の道である「山辺の道」の近くにあります。

 

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【風景】小刀根トンネル[福井県 敦賀市]

【風景】小刀根トンネル[福井県 敦賀市

《訪問年:2025年》

福井県 敦賀市にある鉄道トンネルです。

北陸本線(後に柳ヶ瀬線:1964年廃止)のトンネルとして1881年明治14年)に建設されました。

建設当時の姿を留める鉄道トンネルとしては日本最古です。

日本人技術者のみで手掛けた鉄道トンネルとしては、滋賀県京都府にある旧東海道本線の「逢坂山トンネル」に次ぐ二番目の古さです。

 

総高6.2m、全幅16.7m、全長56mの小規模なトンネルではありますが、140年以上経った今でも崩落等は無く当時の土木技術の高さを窺い知る事が出来ます。

日本の蒸気機関車の代名詞となっている愛称「デゴイチ」であるD51蒸気機関車は、このトンネルのサイズに合わせて設計されたと言われています。

2014年(平成26年)に土木学会選奨土木遺産に選ばれました。

 

明治政府の近代化政策の中で進められた鉄道敷設計画のうち、敦賀米原間の一部として建設されました。

小刀根トンネルの他に3箇所のトンネルが建設されましたが、現在は小刀根トンネルと柳ヶ瀬トンネルが残っています。

 

滋賀県福井県の県境は急勾配区間でたびたび空転による遅延や冬季の雪崩、急曲線やトンネル断面が狭小で車両や貨車に制約がある、蒸気機関車の排煙によるトンネル内での窒息事故など多くの問題を抱えていました。

輸送力強化により1957年(昭和32年)木之本-敦賀間に新たに深坂トンネル(近江塩津新疋田間 上り線)が開通したため、柳ヶ瀬区間は支線に変更となり「柳ヶ瀬線」として再スタートしました。

ただ、営業係数が1145前後(営業収入100円を得るのに経費1,145円がかかる)と非常に悪く、早い段階から廃止候補となっていました。

1963年(昭和38年)北陸本線の複線化に伴い休止となり、翌1964年(昭和39年)に廃止となりました。

 

廃止に伴い代行バスが専用道として使用していましたが、北陸自動車道建設に伴う路盤提供や拡幅工事で2箇所のトンネルを含む廃線跡が失われました。

1987年(昭和62年)に柳ヶ瀬トンネルが県道として一般開放されました。

 

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