
《訪問年:2023年》
日本で初めて相撲の取組が行われたと伝わる場所である事から「相撲発祥の地」とされています。
穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)の摂社です。
祀られているのは野見宿禰(のみのすくね)という日本書記などに登場する豪族と、奈良県 旧當麻町(現在 葛城市)に住んでいた当麻蹴速(たいまのけはや、たぎまのけはや)という人物です。
当麻蹴速が生死を問わず力比べをしたいと言っている事を聞いた垂仁天皇(第11代天皇)が出雲国から野見宿禰を呼び寄せ天覧試合を行った場所とされています。
野見宿禰が当麻蹴速の腰を踏み折って勝利し、当麻蹴速が所有していた領地を与えられたとの事です。
与えられた領地は「腰折田」を呼ばれ、現在の香芝市にあったとされています。
その縁で桜井市・葛城市・香芝市の3市が協力して相撲に関するPRを行っています。
「相撲」は元は争う事などを意味する漢語であったようです。
「すもう」という呼び方は、古代の「すまひ」が変化したとされています。
また、漢字表記としては「角力」「捔力」が用いられていて、相撲の世界のことを「角界」というのはかつての漢字表記が由来となっています。
1962年(昭和37年)に相撲発祥の地として顕彰大祭が執り行われ、当時の横綱をはじめ幕内全力士が参列し10万人の観客が詰めかける盛大な祭りだったそうです。
その後は参拝者が減少し荒れた時期もあった様ですが、現在は碑や像を建てられたりしており一定の観光地として認識されています。
日本最古の道である「山辺の道」の近くにあります。

本殿や拝殿は無く、小さな社があるだけです。

社を横から。

社を支える様に小さな力士像が置かれています。





6種6体が置かれています。





記念碑や像がいくつか建てられています。


神社の入り口。




境内はかなり広いです。


室町時代に3つの神社が合祀されたそうです。


歴史のある神社ですが、無人となっています。


邪馬台国があったとされる候補地の一つである纏向遺跡があります。



山辺の道を散策する途中に立ち寄ってみるのも良いかと思います。

奈良盆地の南部を一望できます。
行き方:
JR桜井線を跨いだ先にある県道50号線との交差点の次の信号機のある交差点(辻北交差点)を右折します。
辻北交差点に案内看板があるので、道なりに行けば神社に着きます。